DATE 2008. 9.12 NO .
「――ハロルド」
「なんだ、司令か」
「なんだ、とはまたつれないな」
「ん、アトワイトにディムロスときて、次は誰が来るかと考えてただけ」
「では私は君の予想を裏切る事が出来たのかな?」
「さぁ、どうでしょう」
ハロルドは背を向けたまま、そう呟いた。
リトラーもハロルドの視線の先がわかっていたから、ただ黙って歩み寄る。
「笑顔、か……」
室内に安置された棺には、穏やかな微笑みを湛えて眠る、彼女の兄の姿があった。
「そ、このわたしが悲しんであげてるってのに、兄貴はこんなとこに入ってもこの調子」
「カーレルは、満足だったのではないかな」
「満足……」
「私は前線に立っていたわけではないから、カーレルの最期を知らない。君の方がよく知っているだろう。だがこの表情を見ていると……彼から昔話を聞いた時の事を思い出すな。家族を亡くしてから君と二人でここに辿り着くまでの、旅路の話だ」
「ほんっとに…昔話ね」
「ラディスロウの前に立ったのは子供の自分と別れた瞬間で、地上軍に入ってからは何もかもが変わった。けれど目指すものだけは、変わらない。ハロルドを連れて外に踏み出した時から、何も。……そう、言っていたな。目指すものというのがなんだったのかまでは知らない。だが、そんな子供の頃からの信念があるカーレルがこの笑顔なんだ、満足…いや、幸せだったのではないかな」
「…………」
『……立って』
「……わたしも、兄貴が幸せだったなら、別にどうだっていいのよ。もともと荒事向きでないくせに前に出たりして…でも兄貴が自分で選んだなら、たとえミクトランに止めを刺す事も出来ずに、それこそ後世の歴史書の中で無駄死にと書かれても、こうやって笑って最期を迎えたならそれでいい」
『こんな戦争に翻弄されたままで終わるもんか。自分で……切り拓いてみせる!』
ハロルドの手が、棺のガラス越しにカーレルに触れる。
『行こう、一緒に――』
「――わたしは、兄貴を笑顔で送る事が出来る」
リトラーの目に、確かに口元に笑みを乗せたハロルドの横顔が映った。
「なら、君はもう大丈夫だな」
「アトワイトといいディムロスといい……わたしを心配するなんて1000年早いわよ、司令」
「…どうやらそうだったようだ」
「わかればよろしい」
ようやく、ハロルドがリトラーの方を向いた。
「――というわけで、考え事終了っ!」
リトラーの脳裏に、ようやくラディスロウ内に収容し終えた数多の棺の並ぶ様がよぎった。
ここに寄るまでに見て来たその数を記憶に刻みつけ、
最後に来たこの部屋で、部屋の主だった彼の笑顔と、まっすぐに向き合う。
「埋葬は…明日?」
「そうだな。それから、終戦宣言を行いたいと思っている」
「…そっか」
照明が落とされた。
「バイバイ、兄貴」
棺は、暗闇にまぎれて見えなくなる。
「わたしがそっちに行ったら一発ぶんなぐってやるんだから、覚悟しときなさいよね」
立ち去るハロルドの手には――ソーディアン・ベルセリオス。
≪あとがき≫
この少し前の時間軸でまた書きたい…
漫画版の「本」の話は、なかなかよかったかと。自分でページをめくっていくってのが、らし
いと思ったので。自分の力で走って走って、走り続けて……最後に辿り着いた結果が笑って迎え
られるものなら――そういう趣旨です、たぶん。
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